子供4人、単身赴任、専業主婦から英語講師に転身したライフ&メソッド、英語勉強法、海外トピックなど綴っていきます!

by 2012lib

ネパールの人

我が家の近所にネパール出身の人が住んでいます。
旦那さまが日本人なので、ここ日本で暮らしています。

彼女は、外国で暮らすために一番必要なものは、言語だそうです。
私なら何だろう?って考えてみました。やっぱり言語でした。
皆さんは何ですか?

さて、ネパールでは、今も学校に行けない子供がたくさんいるそうです。
だから学べることに感謝しているのよ。と彼女が言いました。

カースト制が未だに根強く残っていて、貧富の差も激しいそうです。
でも幸せに暮らしている。
なぜならみんな人と比べないから。

いろんな国の話をその国の人から直接聞くって
良い体験だと思います。

そんな機会を皆さんにも作ることができたらな~
なんて思いながら毎日過ごしている今日この頃でした。
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# by 2012lib | 2013-03-03 05:30

帰国子女 その後3

今日は次男の場合

次男は年長で渡航しました。

日本人幼稚園(ジャッキー・チェンが名誉顧問かなんかでしたが一度もあったことはありません。(^O^))から日本人小学校へ。

コンドミニアムには、スポーツクラブから屋内、屋外プール、テニスコートもありました。その屋内プールで日本人の子のスイミングコースがありました。が、私は人とつるむのが嫌いで、次第に息苦しさを覚えていたところに、同じく4人の子供を持つ、中国人のお母さんから(日本語もしゃべれます)ローカルのとてもいいコーチの話を聞きそちらへうつりました。

ところが日本はいず、香港人、インド人などなど。当然嫌がります。先生は最初広東語で説明し、そのあと英語で説明してくれるのですが。最初の何回かはプールサイドを泣きながらにげ回りました。

しかし、それは許しません。そのうちに観念して泳ぐようになりました。英語も完全に聞き取れるわけでないので、泳いでいて、前の子が違う泳法で泳いでいると、あわててそれに変えたり、段々に適応性も出てきます。

広東語で説明しているときは潜って遊んでいたりして、英語の説明になっても潜っているので、香港人のおねえちゃんに聞くように促されていたのを思い出します。とにかくガンガン泳がせるコーチでした。

夏休みには市の大会につかわれるような50mプールで(当然小学低学年の彼に足などつくはずもなく)、そこを休みなしに、というか足がつかないので休めないのですが、1時間泳がされていました。でも続けましたねえ=ただ兄と同じサッカーには1年行ったのですが、闘争的でない彼には合わなくてやめましたが。

小学校3年で英検3級合格。そして4年で帰国してからは、中学受験をして、ラジオ講座を聞くぐらいしかしていませんでした。がやはり英語のアドバンテージはあるので英語は得意教科。

中学2年の頃から、突然、なぜか「留学じゃなくて、アメリカの大学に進学したい」と言い出し、最初は冗談かと思っていたのが、本気なのです。国公立へいって、交換留学でいって、という案も却下されました。

私自身toeflは受験したことがないのですが、英会話スクールで教える機会もあったりなので幸いにも留学準備の為にしてやれることはありそうです。勉強だけでなく、課外活動、受賞歴、なども書かねばならないので
オールラウンドにこれから3年頑張らねばならないのですが、本人がすごくやる気なので一緒に伴走するつもりです。

彼のアメリカ大学進学へ向けての軌跡もその都度ブログに書いて行きたいと思います。彼の場合はto be continuedです。

検証:やはり、日本語の通じないスイミングスクールでサバイバルする環境に放り込んだのは良かったと思います。香港での4年間が彼にとって良いものだったから、再び海外へ行きたい、と思っているのだと思います。
頑張れ、母は精一杯応援するからね♡
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# by 2012lib | 2013-02-23 21:32
chieです。

前回、話したように私は、幼少期を海外で過ごしました。
中学1-3年の6月までは日本で過ごしました。日本にいた時期が少なかったこともあって、この中学生だった頃の思い出はとても鮮明で今思い出しても幸せな気持ちになります。

さて、中学時代の私の英語の成績はと言いますと、とても良かったです。
ただこれは帰国子女だからというわけではなく、家庭教師をしてくれていた先生のお陰だと思っています。

その先生は、1年間、アメリカで過ごした経験をもつ、短大生でした。お父様が中学英語教師をされていたので、アドバイスを受けながら私に指導してくださいました。

先生のレッスン内容はいたってシンプル。
教科書の音読を何度も何度もさせ、厳しくチェックするというものでした。あとは単語テストと市販の薄っぺらいドリル。

お茶タイムが途中に一回あったのですが、その時にしてくださるアメリカ留学時代の話や短大生活の話が、英語を頑張るぞ~という私のエネルギー源になっていたと思います。

今回L.I.Bでも新中学1,2年生を対象に寺小屋式勉強法とだいして、内申点アップを目指すクラスを開講します。
それは私がその先生によって気付かされた指導法にベテラン先生の意見も取り入れ考えたカリキュラムとなります。

英語を一生懸命勉強しているのに成績が上がらないと思っているあなた、
正しい発音のもと、英語を勉強したいあなた、
自宅でしっかり勉強しているけれど英語は塾で学んでみようと考えているあなた、
そのほか、色々な理由で英語を始めたいあなた!!

L.I.Bでスタートしてみませんか?
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# by 2012lib | 2013-02-21 09:16

英語学習遍歴 その3

今回は子供を出産してからです。

第2子を妊娠中に、川崎から浜松へ転勤。主人は超多忙で、夜中の2時頃、生まれて間もない第2子に授乳して寝かせて、会社まで迎えに行く毎日。そしてまた6時ぐらいには出勤。もちろん、土日もなく働いていました。

夫婦で本当によく頑張ったと思います。

それはさておき・・・

身よりもない土地で、新生児を抱えての生活はやはり大変でした。次第に友人もできて生活にも慣れてきた頃でしょうか、「子育てが一段落ついたら必ず社会復帰したい。子供の手が離れた時に、「私、これから何をすればいいの?」という状態にだけは絶対なりたくない」、と思うようになりました。

一日中、子供と一緒の日々は幸せでもありましたが、ときに閉塞感も覚えました。

行動を起こさねば。。。でもそんな毎日だったのでできることは限られています。

ラジオ講座を聴いたり、翻訳の通信講座も、子供のお昼寝の間などにやってみました。
講座終了後、少しお仕事をいただきましたが、納期があるので、それに間に合わすためには、家事も子育ても二の次にせざる負えなくて、私にはそれはゆずれない部分だったので、翻訳は自分には合わない、と思った良い経験でした。

そうしている間に第3子も生まれ、ますます忙しい育児の日々。
でも自分の将来のために自分の勉強をする時間、というのは自分にとってなくてはならない時間となっていました。その時間だけは、母でも妻でもなく、自分の為に使える時間だったので。

その時間があったから、「私は子育てだけじゃない、いつか必ず。。。」と思うと、、前に進めたように思います。
時間を作るためにも、みんなが寝静まっている4時頃に起きてやるようになりました。

浜松生活も7年半経った頃、主人に香港勤務の辞令。彼が先に渡航したとき、第4子を妊娠8ヶ月でした。

海外転勤、憧れていたことが実現したうれしさと、4人の育児を海外でする不安。
でも、香港での4年間は、私の英語学習にとってはとてもいい環境が待っていました。
というより、自分でそういう環境を作り上げていったという方がいいでしょうか。

そこからはまた次回に。
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# by 2012lib | 2013-02-17 18:08
chieです。

私が英語教育を通して接するのは、幼・小~大学生が大半。
英語が大好きな子もいたら、そうではない子もいます。
そうではない子の中には、こういう質問をする子もいます。
「なんでShe likes のs抜けただけで×になんの?外国に行ったらs抜けたぐらいで×にならへんて聞いたで」
イヤイヤ外国でもこれは指摘されます。

上に書いた例は極端ですが、確かに日本では文法が重視されています。

日本で英語頑張ろうって思ったら、ただ喋れるってだけではダメなのです。

きちんとした英語が話せなければ、認めてもらえない社会の仕組みになっているのです。
英語を誰かがしゃべっていたら、しっかりした英語が話せているかどうかで、その人の英語力を図ってしまいます。

最近は文法力よりスピーキング力に重きをおく考えも出てきています。が、やはり日本で英語に接する仕事がしたい人や、英文学の勉強をしたい人等は、しっかり文法を学んでほしいと思います。
きちんとした英語を身につける!
いつも心のどこかにおいておいてほしいワードです。
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# by 2012lib | 2013-02-15 09:40